Perla di Yukiko by ユークルチェ Joekeltje

ジュエリーデザイナー由紀子のテネシーから世界へ日記

Rowan Oak - ウィリアムフォークナー(ノーベル文学賞作家)の家

メンフィスから南東へ1時間半ほど車で行くと
オックスフォードというこぢんまりしたミシシッピ大学のある大学街があります。
そこにある、ノーベル文学賞を受賞した20世紀アメリカ文学の巨匠、
ウィリアム フォークナー(William Faulkner、1897-1962)の家を訪れました。
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Rowan Oak(ローワンオーク)と名付けられた白い家は、 森の中の木立を通り抜けたところにあります。

広々とした敷地にたてられた家は、当時のままに残されていて、フォークナーの普段の生活がしのばれます。
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書斎にあるこのタイプライターでたくさんの傑作が生み出されました。
ゴルフバッグが立てかけてありました。

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書斎の壁に書かれていたフォークナー自筆のメモ。
月曜日、火曜日などの一週間分のメモは「寓話」の内容を書き残したものだそうです。
几帳面な字から人柄がしのばれます。

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1950年にフォークナーがストックホルムでノーベル文学賞を受賞した 様子です。

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フォークナーは1955年、日本の長野にセミナーで訪れており、
そのときに持ち帰った日本人形が客間に飾ってありました。

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フォークナー家の食堂。
フォークナー家には、あとになってから母屋に台所が設けられたそうですが、
買い取った当時は、台所は離れにあったそうです。

当時のアメリカ南部の社会的に地位のある家庭ではメイドがいて、
裏にメイドの住む離れ、
またその人たちが料理をする台所が別棟に建てられるのが普通だったそうです。

昔の奥さんたちは、料理をすることもない生活をしていたようです。

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グランドピアノのある客間。
入口を入ってすぐ右側にあります。


子どものころ、家の書棚にあった世界文学全集からひっぱり出して読んだのが
フォークナーの「八月の光」、「サンクチュアリ」でした。
中学生の私には重く難解な題材で話の内容もあまり覚えていませんが、
フォークナーという名前の作家がいたことはよく覚えています。
今、私はその人が暮らしたところからさほど遠くない土地に暮らしています。

夏になると40℃近くの気温がずっと続く暑い暑い八月。
奴隷を使って栽培していた綿花の畑。
青空の日が多く、明るい大地ですが、
アメリカ南部はとても複雑な人間関係がある土地柄です。

少女の頃、遠い日本から思いを馳せていた大地に私が今暮らしていることに感慨の念を覚えます。

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いつもは晴れるのに、訪れた日はあいにくの小雨模様。
庭に紫の花が咲いているのがとてもきれいでした。

参照
ウィリアム フォークナー Wikipedia


Rowan Oak
住所: Old Taylor Rd, Oxford, MS 38655
電話:(662) 234-3284
営業時間:
 
月曜日定休日
火曜日ー土曜日10時00分~16時00分
日曜日13時00分~16時00分










Small's Jazz Club ジャムセッション in ニューヨーク

ニューヨークへジャズを捜しに行った我が家がたどりついたのは、
Small's Jazz Club
グリニッジビレッジにあります。
いろんな所からのプロミュージシャンたちが集うスモールズジャズクラブは
メンフィスのプロミュージシャンたちのおススメのジャズスポットだそうです。

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狭い階段をおりると40年ジャズバイオリンを弾いているという
ニューヨークジャズシーンの絵になるようなミュージシャンがお出迎え。
その人に入場料を払って入ると(ジャムセッションはミュージシャンはただ)
奥にステージがあるこぢんまりとした雰囲気の良いSmall's Jazz Clubです。

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日曜日の午後は、プロのミュージシャンとジャムセッションができます。
午後4時から午後7時までの間、
各地から来たというミュージシャンたちがニューヨークのミュージシャンたちと
演奏する熱気あふれるジャムセッションです。

我が家の高校生ジャズミュージシャンもプロに混じって演奏しました。

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ジャズはimprovisasion(即興)ができることが必須。
初めての場所で初めての曲もどんどんこなしていくのがジャズ演奏の醍醐味です。
双子ミュージシャンもチャレンジして
ニューヨークサウンドにトライしました。

はじめて出会った曲ですが、ニューヨークのミュージシャンたちと一緒に
ドラムをたたかせてもらったCarl Maguireの演奏をお楽しみください。



Dindiは、フランクシナトラのバージョンが有名です。

アメリカのミュージシャンたちは後進にも気さくにいろいろと教えてくれて本当に親切。
毎回新しい出会いに感謝です。

ニューヨーク旅行

ニューヨークに行ってきました。
20年ぶりに摩天楼の狭間でニューヨークの風に吹かれてきました。
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香港とは何が違うって、やっぱり青空ですね。
青空があると摩天楼もシャープな気がするから不思議です。

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20年ほど前はちょっとあやしげな雰囲気のタイムズスクエアはネオンやLD画面が輝くとてもにぎやかな場所に変身していました。世界中の観光客が集っていました。

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午後のグランドセントラル駅。
アメリカといっても車社会のテネシーから来ると颯爽と闊歩していて
電車に乗り込む人たちはなんだかとても都会的でおしゃれ。
アメリカは広いですが、東側に来るとヨーロッパの影響が強いことがわかります。

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そんなヨーロッパの影響の強いマンハッタンでがんばっているチャイナタウンにも出かけました。
中に入ると香港の町並みと全く同じです。
中国語が飛び交い、香港で身につけた付け焼刃広東語も通じました。
ランチの点心は香港の味とかわらず感激しました。

 

折り鶴ピアス

折り鶴でピアスをつくってみました。

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メンフィスは、130万人の人口に対して日本人は200-300人と数の少ないところ。
テネシー日米協会という会もありますが、
日本人の人が集ることもあまりない土地柄です。

先日メンフィスボタニックガーデンにて「おいしいJapan」というイベントをお手伝いし、
日本のことをメンフィス近隣の人たちに知ってもらうため
食品のほか、クラフトも販売しました。
それで好評だった折り鶴ピアスを一歩発展させたものを作ることにしました。

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長年ジュエリー作りをしてきた私ですから、お手のものです。

千代紙で鶴を折り、ニスを塗り、ビーズや石を使って
2段、3段重ねのカラフルなものをつくりました。

凝り性の常で、作り出すと楽しく、アクリル絵の具で色を塗ったりして、
工夫も楽しいです。
メンフィスでは日本のものはあまり揃わないので手作りが多いですが、
こうやってやってみるとやはり、ものづくりは楽しいものですね。

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早速、メンフィスの美術館のショップにも並びました。
ヨーロッパの巨匠芸術家の所蔵作品の多いBrooks Museum of Artのギフトショップです。

どんな人たちの耳元を飾るのでしょうか?

3月24日のメンフィスボタニックガーデンでのお花見会でも販売予定です。
おにぎりやお茶席を楽しみながら、桜の花を楽しみ、
折り鶴をみて日本のことをアメリカの人たちに知ってもらたえたらと思います。



 

メンフィスのベトナム式旧正月祝い

メンフィスのベトナム人たちが集う旧正月(テト)のお祝いに行ってきました。
メンフィスのベトナム人、数百人が集い、アオザイ(民族衣装)を着る人も多く、華やかに盛会でした。

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まずは、景気の良い獅子舞からはじまり、皆さん手をたたいて大喜びです。

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ベトナムのお正月料理がふるまわれ、私もご相伴に預かりました。
餅米を使った料理が多く、日本のお餅を思い出しました。
豚肉とつぶした豆をいれたちまき、春巻き、鶏肉、漬け物などにフランスパンと、ベトナム的な取り合わせです。

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舞台では、寸劇やダンス、歌が披露されました。
皆、一生懸命練習したのでしょう、民族衣装を来て踊る子供たちの踊りは、かわいらしく華やかでした。

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出しものの合間には、くじ引きがあり、当選者は賞品をもらえます。
特賞は、お米でした。
昔の日本の賞品もお米だった記憶があります。

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祝賀会のトリは、我が家の双子ミュージシャンと友人のバンドが演奏をつとめました。
全員同じ高校の生徒で、バイオリンがベトナム人のメリー。
メリーは、メンフィス青少年交響楽団の団員です。
4人で奏でるメロディーは、アメリカのポピュラーな曲を4人なりにアレンジして、ジャズのエッセンスを加えました。

そして、せっかくのこの機会にと、4人でベトナムの曲も演奏しました。
ビデオをご覧ください。
春(新年)が来るのに私は帰れない、という意味だそうです。
遠くから故郷に思いを馳せる歌だそうです。

Xuân Này Con Không Về


故郷から遠く離れてがんばっている人たちのたくましさが伝わってくるような曲です。

私も故郷から遠く離れて地球の裏側にいますが、こういう歌を聞くとジーンと来ます。
こうして新年を祝って集う人たちと一緒に楽しい時間をすごすことができました。

アメリカのオアシスのひとときでした。




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